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東京地方裁判所 平成3年(ワ)7749号 判決

原告

木村政司

右訴訟代理人弁護士

桑田勝利

水野正信

被告

岡三証券株式会社

右代表者代表取締役

加藤精一

被告

甲野一郎

右二名訴訟代理人弁護士

大江忠

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金一〇五一万二〇〇〇円及びこれに対する平成三年一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

(主位的請求)

被告らは、原告に対し、各自金一億〇五二六万四四一二円及びこれに対する平成三年一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(予備的請求1)

被告らは、原告に対し、各自金四五六二万五〇〇〇円及びこれに対する平成三年一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(予備的請求2)

被告らは、原告に対し、各自金二四五七万五〇〇〇円及びこれに対する平成三年一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、株価指数オプション取引及び株式取引につき、証券会社従業員の勧誘行為及び取次委託契約成立後の処置等について、証券取引法上禁止されている断定的判断の提供・説明義務違反等の違法があったとして、同従業員の不法行為責任及び証券会社の使用者責任が問われた事案である。

一争いのない事実

1  当事者

(一) 原告は、平成二年八月九日から被告岡三証券株式会社(以下「被告会社」という。)名古屋支店との売買委託取引を開始し、同年一〇月ころ、同支店に株券を預託していた者である。

(二) 被告会社は、昭和一九年に設立され、現在、営業店舗六一を持つ総合証券会社である。

(三) 被告甲野一郎(以下「被告甲野」という。)は、被告会社名古屋支店営業課長として、原告の株式取引につき被告会社のために取次業務をしていた者であり、被告会社の事業の執行として、後記株価指数オプション取引及び永谷園株式売買に関与した者である。

2  株価指数オプション取引について〈以下省略〉

3  本件における株価指数オプション取引の経過

(一) 被告甲野は、原告からオプション取引に入ることの承諾を得ると、平成二年九月二五日、原告名義の口座において、別紙買付明細表のとおり、権利行使期間満了日が同年一〇月一一日、権利行使価額が同表銘柄欄記載のとおりである日経二二五株価指数のコールオプション(以下「本件オプション」という。)を、それぞれ同表単価欄記載のとおりの単価で、同表数量欄記載のとおりの数量を買い付けた。

(二) 原告は、右買い付け後である同月二七日、株価指数オプション取引口座を設定するについての「約諾書」及び「株価指数オプション取引に関する確認書」を同月二五日付で作成した。

(三) 原告は、同日、本件オプション買付代金九二三〇万円及び買付手数料六八万九三七九円(消費税込み)を被告会社に支払った。

(四) 本件オプション買い付け後、株価指数は次のとおり推移し、買い付け日の寄り付き二万三七六二円〇三銭より上昇しなかった。

九月二六日(水)

二万二二五〇円六二銭

二七日(木)

二万一七七一円九一銭

二八日(金)

二万〇九八三円五〇銭

一〇月一日(月)

二万〇二二一円八六銭

二日(火)

二万二八九八円四一銭

三日(水)

二万三二二九円五七銭

四日(木)

二万二二七八円一九銭

五日(金)

二万二八二七円六五銭

八日(月)

二万三六三〇円〇〇銭

一一日(木)

二万二五八五円六三銭

(五)(1) 被告会社は、同月四日、別紙処分明細表のとおり本件オプションを売却した。

(2) 右売却による損益計算は次のとおりである。

① 買付代金

九二三〇万〇〇〇〇円

売却代金

二三〇一万五〇〇〇円

売買差損

六九二八万五〇〇〇円

② 買付手数料 六六万九三〇〇円

処分手数料 二七万〇一一二円

③ 損金 七〇二二万四四一二円

4  本件永谷園本舗の株式取引の経緯

(一) 被告会社は、平成二年一〇月一一日及び同月一二日、原告の委託により、次のとおり株式会社永谷園本舗の株式買い付けを取り次いだ。

(1) 平成二年一〇月一一日

単価 一四三〇円  六〇〇〇株

単価 一四四〇円  八〇〇〇株

単価 一四五〇円  九〇〇〇株

単価 一五〇〇円 二〇〇〇〇株

(2) 平成二年一〇月一二日

単価 一六五〇円 三〇〇〇〇株

(3) 合計 七三〇〇〇株

一億一二六五万円

(二) 被告会社による本件永谷園株式の処分代金は次のとおりであり、したがって、原告が本件永谷園株式の取引に関し被った損失は、(一)項の買付代金と本項の処分代金との差額である三五〇四万円である。

単価 一〇六〇円 五一〇〇〇株

単価 一〇七〇円 二一〇〇〇株

単価 一〇八〇円  一〇〇〇株

合計 七三〇〇〇株 七七六一万円

二当事者の主張

(原告の主張)

1 原告は、平成元年五月ころから株式投資を始め、本件オプション買い付け当時、株価指数オプション取引について感心を持たず、まったく知識がなかったものである。

2 本件オプション取引の経緯

(一) 原告は、政治家秘書の谷川敏道から、大蔵省が政策的に株価低落の歯止めを考えているとの情報(以下「谷川情報」という。)を得て、右政策公表前に株式を買っておけば、長期的に損をすることはなく、利を得られると判断し、右情報の正確性及びそれを前提としてどのような銘柄の株式を買うべきかについて、平成二年九月二二日、被告甲野に、「値上がり局面も見込めるので、三か月を目処に総額金1億円を資金として株式を買いたい。市場の動きはどうか。」と株式投資について相談した。これに応じ、被告甲野は、株価政策が公表されるであろうこと、値嵩でない株式は右公表によって株価を戻すであろうこと等意見を述べたので、原告は、被告甲野と、同月二五日までに買い付け銘柄を指定することを約した。

(二) その際、被告甲野は、「暴落の終わりも近い。外人が買い出している。ダウの動きは先物主導です。今までの株式の感覚ではもうついていけなくなる。先物とかオプションを知らないとだめだ。任せて下さい。絶対儲かります。本社の株式部にプロがおりますから、任せてください。」などといって、株価指数オプション取引を十分知っていること、買付銘柄、買付時期、買付単価を一任すれば、被告会社本店営業部の同取引の専門家が運用することを述べ、資金を自ら株式に投資するよりも被告会社に一任し、株価指数オプション取引をする方が確実に利益を上げ得ると強調して、株価指数オプションの一任勘定取引を勧めたが、原告はオプション取引にはまったく経験がないことを述べ、一旦はこれを断った。ところが、被告甲野が、間違いなくもうかる、自分に任せろというので、原告は、結局、オプション取引を被告甲野に任せることにした。

(三) 被告甲野は、原告が株価指数オプション取引の経験のない新規顧客であることを十分知りながら、原告が右取引の仕組み、危険性、その取引上の責任は顧客が自ら負担すること等について理解していないにもかかわらず、株価指数オプション取引口座を設定することについて、あらかじめ「約諾書」及び「株価指数オプション取引に関する確認書」を交付して十分説明することをせず、原告の意思を確認しなかった。

(四) 原告は、平成二年九月二五日朝、被告甲野に、株式取引については、株式の銘柄、数量を指定して買い注文を出した。

他方、オプション取引については、右時点において、買うようにとの指示こそしたものの、銘柄、単価、数量についての指示は行わなかったし、被告甲野の方から、銘柄、単価、数量等について、説明、相談を受けたこともない。

被告甲野は、原告の了承を得ることなく、また、原告に新たに預かり金を差し入れさせることもせずに、銘柄選択について何ら合理的根拠がないのに、原告の計算において、本件オプションを買い付けたものである。

(五) 原告は、被告甲野から本件オプション買い付けの報告を受けるや、他の証券会社社員等から、オプション取引の概要とその危険性の説明を聞き、被告甲野に対し、銘柄等の報告を求めるとともに、その安全性について確認を求め、万全の管理を求めたが、被告甲野は、本件オプション売却の目処について何ら説明をすることなく、時日が経過し、次第に権利行使期間が切迫した。

(六) 原告は、被告甲野に対し、同年一〇月二日、数度にわたり本件オプションを売却するよう要請したが、被告会社は、原告のため預かり保管していた本件オプションを売却しなかったので、さらに、同日後場取引終了後、本件オプションを翌三日に売り付けるよう申し入れたところ、被告会社は、売り付けを承諾した。

(七) しかし、被告会社は、同月三日には、本件オプションを売却しなかった。

3 本件オプション取引に関する被告らの不法行為(主位的請求)

(一) 依頼の趣旨に反する取引の強引な勧誘

被告甲野は、「三か月程度のうちに株価指数が戻る市場要因があることを想定した株式投資」と原告の依頼の趣旨に従って、適切な株式買い付けを勧めるべきであったのに、株価指数先物取引との長短など、他の取引形態と比較衡量するに足りる程度の情報を提供しないで、専ら株価指数オプション取引を勧めた。

(二) オプション取引勧誘時の説明義務違反

被告甲野は、原告が株価指数オプション取引について知識、経験をまったく持たない新規顧客であることからすれば、原告に対し、株価指数オプション取引の内容と危険性を十分に説明すべきであったのに、説明書を何ら交付せず、かつ、口頭でも十分な説明をしなかった。

(1) 株価指数オプション取引には、一般の株式取引とは異なる特殊性があり、本件当時、取引に対する個人の一般投資家の参加は極めて少なく、その知識は一般にはいまだ十分には普及していなかったのであり、原告もいまだ積極的な関心を持たず、取引の仕組みや危険性についてまったく無知であった。

被告甲野が、原告にオプション取引の知識経験があるものと軽信して、簡易、不十分な説明しかしなかったとすれば、それ自体が重大な過失である。

(2) 株価指数オプション取引の概要と危険性を正確に説明することは、書面によらなければおよそ不可能であるのに、被告会社は、そのような説明文書を作成、準備しておらず、また、十分に説明する能力を有していなかった。

被告甲野は、原告に対する説明に際し、「株価に関する資料」を交付したにすぎず、自社作成の冊子はもとより、証券取引所作成の説明書等、法律の要求する概要説明書を交付しなかった。

(3) 被告甲野は、原告が株価指数オプション取引を承諾した場合には、個別的な取引(買い付け、売り付けの受託)に先立ち、原告との間で、株式指数オプション取引口座設定に関する「約諾書」、「株価指数オプション取引に関する確認書」等を作成して、原告の意思を確認すべきであるが、被告甲野は、これらの書類を取引開始後に作成させた。

(4) 本件での「株価指数オプション取引に関する確認書」は、原告が現実には受領していない「株価指数オプション取引説明書」の受領を確認する内容になっており、また、東証株価指数オプション取引、日経平均株価オプション取引、オプション二五株価指数オプション取引のいずれにも限定することなく、そのすべての取引を行う内容となっているなど不当なものである。

(三) 断定的判断の提供と一任勘定の取付け、受託

被告甲野は、「絶対もうかります。本社の株式部にプロがおりますから任せてください。」などと述べて虚偽の表示をなし、株式投資よりも被告会社に株価指数オプション取引を一任する方が確実に利益を上げられると強調し、被告会社との間で株価指数オプションの一任勘定取引をするよう執拗に勧めて、確実に利益を上げ得ると誤信させて、原告から株価指数オプション取引について、取引時期、権利の対象、権利行使価額、プレミアムの単価、取引の態様、数量等の全てについて一任を受けた。

(四) 買い付けの誤り

証券会社は、一任勘定取引を受託した場合、その取引の依頼の趣旨及び規模等に照らし、忠実かつ誠実に取引をすべきであるのに、被告甲野は、取引承諾を得た当日、基本的手続さえ履践せずに、買い付け銘柄の選択、買い付け単価、買い付け時期の決定を軽率に誤って、本件オプションを買い付けた。

コールオプションの買い付けの場合、権利行使期日の株価指数が権利行使価額を下回る場合はもとより、委託手数料を考慮に入れて、損益の分岐となる株価指数に達しないと見込まれるときは、特段の合理的な事情のない限り、当該オプションを買い付けるべきでないのに、被告甲野は、権利行使期日までの短期間に株価指数が上昇する見込みのなかった本件オプションを買い付けた。

(五) 買い付け後の放置(監視・情報提供義務違反)

本件オプションの権利行使期日は、買い付け後二週間余と極めて短期間であったから、被告甲野は、その間の株式指数の推移を厳格に監視して、原告に対し、適時に適切な情報を提供すべきであったのに、漫然と時日を送り、原告に対し、権利行使の可能性と売却時期について必要な情報を何ら提供せず、原告を放置した。

(六) 損害

被告らの右不法行為による原告の損害は、前記一3(四)記載のとおり金七〇二二万四四一二円である。

4 本件永谷園株式取引に関する被告らの不法行為(主位的請求)

(一) 被告甲野は、原告に対し、平成三年一〇月一〇日及び同月一一日、「被告会社の東京店を通して、仕手が東証第一部上場株式の永谷園本舗の株式を買っている。」と虚構の株価の騰貴要因を説明し、この要因によって「株価は短期のうちに一株金三〇〇〇円に騰貴する。」と株価騰貴について断定的判断を示して当該株式の買い付けを勧誘し、更に「会社が責めるから。」、「短期で絶対抜けるから。」などと述べて、株価上昇要因及び株価騰貴について断定的判断を示して原告に前記一4(一)記載のとおり本件永谷園株式の買い付けの委託をさせた。

(二) このような勧誘行為、買い付け受託行為は、それぞれ証券取引法五〇条一項一号(断定的判断の提供による勧誘の禁止)、五八条一号(不正な手段、計画、技巧の禁止)に違反する不法行為である。

(三) 被告らの右不法行為による原告の損害は、前記一4(三)記載のとおり金三五〇四万円である。

5 本件オプション取引に関する被告らの手仕舞い義務違反の不法行為(予備的請求)

(一) オプション取引価額は短期日のうちに上昇・下落が激しく移動し、かつ、本件オプションを買い付けた原告としては、被告会社を通じて処分する以外に手段がなかったのであるから、原告の処分依頼を受けた以上、被告らは即時に処分手続きをすべきであるにもかかわらず、被告甲野は、平成二年一〇月二日、原告から数度にわたり処分要請を受けながら、処分手続きを怠り、結局、同月四日、別紙処分明細表記載の処分価額で処分するに至った。

(二) しかし、被告甲野が原告の要請に基づき平成二年一〇月二日処分価額成り行きで処分手続きをすれば、別紙仮想処分明細表記載のとおり、一〇月二日終値で、または、遅くとも一〇月三日終値では処分することができたものである。

(三) したがって、被告甲野の右(一)の義務違反に基づく原告の損害は、第一次的には、現実の処分価額と一〇月二日の仮想処分価額との差額三九二八万五〇〇〇円であり、第二次的には、現実の処分価額と一〇月三日の差額一八二三万五〇〇〇円である。

6 本件永谷園株式の値上がり見込みに関し虚偽の事実を述べたことによる被告らの不法行為(予備的請求)

(一) 被告甲野は、原告に対し、仕手筋がついている事情を強調して本件永谷園株式を買い付けさせたのであるから、多量に買い付けを勧めた証券会社従業員として知り得る情報を収集し、推奨時における事情が誤っていたり、あるいは推奨時以降の値上がり要素の変化等を原告に告知し、原告の投資判断に協力すべき義務がある。

(二) しかるに、原告が、平成二年一一月二〇日ころ、被告甲野に「仕手筋は永谷園株を処分し、保有していても値上がりしないのではないか」と事実を確認したのに対し、被告甲野は同株値上がりの予測は買い付け時と変化がなく、仕手筋が近く買い付ける模様である旨の虚偽の事実を述べ、原告の処分時期に関する判断を誤らせた。

被告甲野が右の時点で原告の質問に対し真実を述べれば、原告は、そのころ、少なくとも一株あたり金一一五〇円で処分できたものである。

(三) したがって、被告甲野が原告に対し、本件永谷園株式の値上がり見込みに関し虚偽の事実を述べたことによる原告の損害は、現実の処分価額と、一株一一五〇円で処分できた場合の売却価額との差額六三四万円である。

(被告の主張)

1 原告は、地元でも有数の資産家であり、平成二年八月八日、被告会社名古屋支店に口座を開設し、同月一〇日には信用取引口座を設定して、同月三一日に田村電気株式を一四万五〇〇〇株買い付けるなど大量の有価証券取引を開始し、同年九月二五日に本件オプションを買い付けた。

2 本件オプション取引について

(一) 原告は、被告甲野に対し、同月二一日(金曜日)、「信頼している谷川某から、来週のうち三日間でダウが三〇〇〇円以上上がるとの情報が入ったので、来週勝負しようと考えている。だから、ダウが三〇〇〇円以上上がったら一番儲かるものに新規に一億円を投入したい。仮に一億円がゼロになったとしても、それは雑損で落ちるから、とにかくダウが三〇〇〇円以上上がる前提で、どのような投資が良いかを考えてほしい。」と相談した。被告甲野は、株式指数オプション取引のコールが良いと考えて、その取引の仕組み、取引の危険性等を詳しく説明したところ、原告は、「この土曜、日曜にいろいろ考えてみる。」といい、被告甲野から株価に関する諸資料を受領した。

(二) 原告は、被告甲野に対し、同月二五日、コールオプションを買うことに決めた旨告げたので、被告甲野は取引開始に当たり、「口座取引約諾書」「確認書」を作成してもらう必要があると答えたところ、原告は「それは後から差し入れるから、とにかく私の出す注文を全部買えるように手配してほしい。」と述べ、本件コールオプションの買い付けを注文した。

3 本件永谷園株式取引について

(一) 原告と被告甲野とは、同年一〇月九日ころ、相場の状況が思わしくなかったので、いわゆる仕手株に着目することにし、当時仕手株として注目されていた永谷園株の値動きに注意することにした。

(二) 同月一一日、前場開始後、永谷園の出来高が多く、かつ、株価が上昇を始めたので、被告甲野は、原告に対し、その旨電話で連絡したところ、原告は、甲野に対し、一〇万株買いたい旨述べたが、被告甲野は、売り物が少ないことを告げて再考を求め、その結果、原告から単価一五〇〇円まで五万株を買い付ける旨の注文を受けた。右買付注文を市場で執行したところ、単価一四三〇円から一五〇〇円まで合計四万六〇〇〇株の買付けが成立した。

(三) 同月一二日前場寄付から永谷園株式は買い気配の一七五〇円で始まり、原告から被告甲野に対し、買付けの相談があった。被告甲野は、現在はやや高いと思うのでもう少し下がってから買うのはどうかと進言した。その後、株価は一八三〇円まで上昇し、後場で一六〇〇円台まで下がったところで、原告から五万株買付けの相談があったので、被告甲野は、三万株におさえるよう進言した。その結果、原告は、被告甲野に対し、一六五〇円で三万株を買い付ける旨の注文を出し、この注文は、市場で執行されて買付けが成立した。

4 以上のように本件オプション取引も本件永谷園株式取引も正常な有価証券取引であって不法行為は成立しない。

三争点

1  本件オプション取引勧誘に際し、被告甲野に以下のような違法行為があったものと認められるか否か。

(一) 原告に対しオプション取引の危険性を十分に説明しなかった事実。

(二) 原告に対し、原告主張の内容の断定的判断を提供して、原告の判断を誤らせた事実。

2  被告甲野の本件オプション買い付けは、買い付け対象の選択を誤ったものとして不法行為に該当するか否か。

3  本件永谷園株式買い付けを勧誘するに際し、被告甲野が、原告に対し、断定的判断の提供を含む不当な勧誘を行った事実が認められるか否か。

4  原告が、被告甲野または被告会社に対し、原告主張の時期に本件オプションの処分を要請した事実が認められるか否か。

第二争点に対する判断

一争点1(本件オプション取引勧誘時の違法行為の有無)について

1  争いのない事実及び証拠(〈書証番号略〉、証人山田晴美、原告本人、被告甲野本人)を総合すれば、本件オプション取引前後の経緯として、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、愛知県名古屋市において、昭和四〇年ころから貸金業を始め、昭和四四年には株式会社寿商事を、昭和五二年にはトーシン住宅株式会社を、平成元年には株式会社寿興産をそれぞれ設立し、不動産業を営んできた。

(二) 原告は、被告会社との取引を開始するまでに次のとおりの証券取引を経験した。

(1) 昭和六二年二月一二日、丸万証券を介して、日本電信電話株式会社の株式三九八株を代金約七億円で購入。

(2) 平成元年五月ころ、顧問税理士の勧めにより昭和電工の株式を購入、その後、野村証券、日興証券、大和証券等の証券会社を介して、本格的な株式取引を開始。

(3) 平成元年六月から七月にかけて、自己の秘書である山田晴美及び自己の経営する会社の従業員である吉村広國の両名を株式取引の講習会に通わせた。

(4) 平成元年九月ころから、株式の信用取引を行うようになった。

(5) 平成元年一二月ころから、投資顧問会社である東山経済研究所を訪ね、被告会社元従業員である大久保昿之(以下「大久保」という。)から投資指導を受けた。

(6) その際、大久保から、新しい投資顧問会社設立のための資金を提供して欲しい旨の申し出を受け、これを了承。

(7) 平成二年七月一七日、投資顧問会社「株式会社葵システムズ」を設立。

(三) 原告は、平成二年七月ころ、大久保から被告甲野を紹介され、被告会社名古屋支店に、平成二年八月八日に総合取引口座を、同月一〇日には信用取引口座をそれぞれ開設して、被告会社を介しての現物、信用の各取引を開始した。

(四) 被告会社との取引開始以降、平成二年九月二一日までの間、原告が被告会社を介して行った証券取引は以下のとおりである。

八月九日 ケンタッキーフライドチキン株式 一〇〇〇株購入

八月二〇日 日本合同ファイナンス株式 一〇〇〇株購入

八月二一日 ケッタッキーフライドチキン株式 一〇〇〇株売却

八月二四日 ダイア建設株式

一〇〇〇株購入

八月三一日 田村電気株式

一四万五〇〇〇株購入

九月一〇日 テルモ株式

一五万〇〇〇〇株購入

大日本印刷株式

三万五〇〇〇株購入

九月一三日 大日本印刷株式

五万〇〇〇〇株購入

九月一四日 大東建託株式

一万〇〇〇〇株購入

九月一七日 ダイア建設株式

一〇〇〇株売却

九月一八日 大東建託株式

一万〇〇〇〇株売却

田村電気株式

一二万五〇〇〇株売却

日本合同ファイナンス株式 一〇〇〇株売却

テルモ株式

一五万〇〇〇〇株売却

大日本印刷株式

八万五〇〇〇株売却

九月二一日 大東建託株式

一〇〇〇株購入

田村電気株式

八万〇〇〇〇株購入

(五) 前記谷川情報をもとに原告は、政府当局がダウ三〇〇〇円回復を目標とする株価対策を近々実施するとの見込みを立て、平成二年九月二二日午前、被告甲野を原告の宿泊先であるホテルの六〇一号室に呼び、今後の証券投資の方策について検討を行った。

その結果、原告は、前記谷川の情報を重視して、株価の回復による利潤獲得を狙うという結論に達し、連休明けからは積極的に買い注文を出していくことを決意したが、具体的銘柄についてはこの時点では決定できず、具体的注文は連休明けに出すことになった。

(六) また、右検討の席上、原告からダウが三〇〇〇円上昇したときの有利な商品は何かと聞かれた被告甲野は、株価指数オプション取引、具体的には、コールオプションの買い付けが有利となる旨を説明、原告もこれに大きな興味を示した。

ただ、被告甲野は、原告方を訪れる際、オプション取引の話をすることになるとは予想していなかったことから、株価指数オプション取引に関する説明書等は持参していなかった。

(七) 原告は、連休明けである同月二五日朝、甲野に対し、電話で、株式の買い注文(現物取引、信用取引を合計すると一九銘柄、代金約九億円)を出すとともに、コールオプションを一億円分購入する旨を伝えた。

(八) 被告甲野は、同日、自らの上司と相談した上で、買い付けるべきコールオプションの銘柄を選定し、原告からのコールオプション買い付け指示の執行として、原告の計算において、本件オプションを買い付けた。

(九) 前同日、原告は、被告甲野から本件オプション買い付けの報告を受けて、これを了承し、同月二七日、本件オプション買付代金九二三〇万円及び買付手数料六八万九三七九円(消費税込み)を被告会社に支払った。

2  説明義務違反の主張について

(一) 前記認定のとおり、原告は、本件オプション取引の前後において、総額一〇億円前後にも上る株式取引を繰り返しており、いわゆる大口の個人投資家であった事実を認めることができる。そして、右事実からすれば、原告が株式取引については相応の知識と経験を有していたものと推認するのが相当である。

しかしながら、前記争いのない事実のとおり、本件で問題となっている株価指数オプション取引は、通常の株式取引とは際立って異なった特徴を有していることに加え、本件オプション取引が原告にとって初めての株価指数オプション取引であった事実(証人山田晴美、原告本人、被告甲野本人)からすれば、単に原告が株式取引について知識・経験を有しているということだけから、株価指数オプション取引勧誘時における説明義務が免除ないし軽減されると考えることはできない。

また、被告は、原告が投資顧問会社を経営していた事実を根拠に、原告は、本件オプション取引当時、株価指数オプション取引について十分な知識を有していた旨を主張するが、当時、株価指数オプション取引の利用が機関投資家及び外資系証券会社によるものにほとんど限定されていたという事実(証人谷村勲)からすれば、設立間もない原告経営の投資顧問会社が株価指数オプション取引に精通していたものとは考えられず、結局、投資顧問会社経営の事実は、原告に対する被告甲野の説明義務を免除ないし軽減する要因とはなり得ない。

(二) そこで、被告甲野が、本件オプション取引勧誘に際し、原告に対する説明を十分に行ったか否かについて検討する。

被告甲野が、平成二年九月二二日に原告方を訪れた際、株価指数オプション取引に関する資料ないし説明書を何ら持参しなかったことについては当事者間に争いがない。また、本件オプション取引が、被告甲野が成立させた初めての株価指数オプション取引であった事実(被告甲野本人)からすれば、被告甲野の行った口頭での説明が詳細なものであったか否かについては強い疑問の残るところである。

しかし、等しく説明義務といっても、事後的に不法行為責任を課すべきか否かを判断する場合と、行為時のあるべき説明の内容を判断する場合とでは、その要求度には自ずから差異が存すると考えられるから、説明書を事前に交付しなかったという一事をもって、被告甲野に説明義務違反の過失を認めることは相当でない。

また、原告も証券取引参加者の一人である以上、市場における損失は自己の責任として負担するのが原則であって、被告甲野及び被告会社に対し損害賠償という形での損失負担を求める以上は、被告甲野の勧誘行為に証券取引上の自己責任原則を否定するのが相当であると評価できるだけの違法がなければならないと考えられる。

本件で言えば、原告が株式取引については相応の知識と経験とを有していたことは前述のとおりであるから、右原告の知識・経験を前提として、株価指数オプション取引と株式取引(現物・信用)との最大の相違点である権利行使期間満了日の存在と右満了日を過ぎるとオプションの価値は零になってしまう事実とを説明すれば、一応、説明義務は尽くされたものと評価するのが相当である。

そして、被告甲野が右の程度の説明をも行わなかったと認めるに足りる証拠はないから、結局、本件において被告甲野に説明義務違反の過失があったものと認めることはできない。

(三) なお、原告は、被告甲野が原告の依頼の趣旨に反して強引に株価指数オプション取引を勧誘したこと自体が不法行為に該当する旨を主張しているが、勧誘開始が多少強引であったとしても、後の説明義務が尽くされているのであれば、勧誘開始の態様のみを独立して不法行為と評価することはできないと言うべきであるから、この点に関する原告の主張を採用する余地はない。

3  断定的判断の提供の点について

前記認定のとおり、原告は、平成二年九月二二日に被告甲野によるコールオプション買い付けの勧誘を受けた際、原告は右勧誘に即答せず、三日後の同月二五日になって、被告甲野に対し、右コールオプション買い付けの指示を与えている。

右事実からすれば、仮に、被告甲野が、二二日の時点で原告に対し原告主張の内容の断定的判断を提供していた事実が認められたとしても、最終的な判断は、まる二日間の考慮期間を経て、原告自身の責任において下されたものと見るのが相当である。

更に、前記認定によれば、原告は、同月一八日の時点で、いったん手持ちの株式をほとんど全部処分し、その後、同月二一日及び二五日に多銘柄に及ぶ大量の株式を購入している。右の行動から、当時、原告において株式相場の全面的回復を前提とした投資方針を採用していた事実を推認することは容易であるが、本件オプション買い付けも、最終的には、右方針の一環として原告自身が決断したものと解して何ら矛盾はない。

4  以上の検討によれば、被告甲野の勧誘行為が原告に対する不法行為であるという原告の主張を採用することはできない。

二争点2(本件オプション選択の過失の有無)について

1  この点に関する原告の主張は、原告が、被告甲野に対し、買い付けの対象となる銘柄、単価等の選択を一任した事実を前提とし、被告甲野が右一任を受けた者としての対象選択義務に違反したことをもって不法行為と構成するものと理解される。

2  しかし、右原告主張事実が全て認められたとして、右事実に基づく不法行為責任を被告らに課するとすれば、それは、一任勘定取引に伴う損失保証約束の履行を裏から認めることに他ならないのであって、証券取引法五〇条の三第一項一号の趣旨に照らし、到底、容認できるところではない。

また、原告主張を忖度すると、本件オプションの権利行使期間が残りわずかであって余裕がない点を捉えて、原告の選択の幅を不当に制限するものとして、被告甲野の選択を論難するものとも解されるが、もともと原告の得た谷川情報は株価下落の歯止めとしての緊急対策を内容とするものであって、長期的展望に立つ施策を内容とするものではなかったと推認されることからすれば、本件オプション買付は、短期決戦策として一応の合目的性を有しており、買い付けの選択対象を誤ったものとは評価できない。

3  よって、その余の点につき判断するまでもなく、本争点に関する原告主張は採用することができない。

三争点3(永谷園株式買付けに関する断定的判断の提供の有無)について

1  原告が永谷園株式を被告甲野に勧められて買い付けたころの事情として、

(一) 被告甲野は、原告が本件オプション取引で多大の損害を出した直後に永谷園株式の買い付けを勧誘していること

(二) 永谷園株式は、当時、仕手性の強い株式として株式業界紙でも話題にしており、被告会社株式部においても注目していたこと

(三) 事実、永谷園株式の市場価格は、それまで低迷していたのが平成二年一〇月期に急騰し、翌平成二年一一月には沈静化するという経緯を辿っていること

(四) 永谷園株式は、通常の市場取引では一日あたりの出来高が一〇万株程度の銘柄であること

(五) 被告会社は同年一〇月一一日と翌一二日の永谷園株式の取扱高において他の証券会社の出来高を引き離し、一一日が一七万八〇〇〇株、一二日が二二万七〇〇〇株の出来高であること

(六) その結果、被告会社は、東京証券取引所から永谷園株式について自己融資取引を禁止されたこと

(七) 原告は、同年一〇月一五日に被告会社での永谷園株式の買い付けを被告甲野に委託したところ、同被告から自己融資ができなくなったから、他の証券会社を通じて買い付けてほしい旨告げられて一吉証券で三万株買い付けたこと

以上の事実を認めることができる(〈書証番号略〉、証人山田晴美、原告本人及び被告甲野本人)。

2  右に認定したところから明らかなように、被告甲野は、原告に本件オプションの損害を取り戻させるべく、思い切った取引を勧めようとして仕手戦の様相を呈してきた永谷園株式を原告に強く推奨したことが窺われるが、以下に検討するとおり、その前提としては、被告会社の株式部の判断に基づき全社的に永谷園株式を集中的に取り扱う方針があったものと解するのが相当であり、ひとり被告甲野が原告のみに推奨したものと見ることはできない。

3 証券会社が、特定かつ小数の銘柄について、それが仕手性の強い株式であることを知りながら、全社的方針として顧客に買付けを勧誘すること自体、市場操作に繋がるものとして、現行証券取引法五〇条一項五号及び一五七条一項の禁止するところであると解されるところ、前記認定のとおり、他の証券会社と比較して被告会社の永谷園株式取扱量が異常に突出し、それがため自己融資禁止の措置まで課せられたことからすれば、被告会社において、同銘柄の仕手戦に便乗した顧客への取引の勧誘が行われた事実を推認せざるを得ない。

4 そうであるとすると、本件永谷園株式買い付けの勧誘の際、被告甲野による断定的判断の提供の事実があったとする各証拠(〈書証番号略〉、証人山田晴美、原告本人)は信用できるというべきであるから、原告主張の断定的判断提供の事実は認めらると解するのが相当である。

そして、本件永谷園株式取引は、被告甲野によって断定的判断が提供された結果、原告が右判断を踏まえて永谷園株式の買い付けを被告会社に委託したものであるから、たとえ原告が意思決定の自由を完全には喪失していなかったとしても、その取引によって生じた原告の損害に対して被告らの責任は免れないものというべきである。

なお、被告甲野については、被告会社の株式部から出された永谷園株式の顧客への推奨という方針に基づいて原告に不当勧誘を働き掛けたものであって、被告甲野が独自の判断に基づいて行ったものではないから、被告甲野と被告会社との関係においては、被告甲野の求償義務を認めるのは相当でなく、被告会社が直接責任を負うべきものである。

5  しかしながら、原告においても、被告甲野から提供された情報に基づき株式買い付けを被告会社に委託する際、自らのこれまでの経験に基づく適正な判断を期待できない状況にあったというわけではなく、本件オプション取引で被った損害を一気に取り戻すことに急な余り、永谷園株式が仕手性を有することを充分に認識しながら、被告甲野の勧誘の危険性に敢えて目をつぶったものと言うべく、原告にも永谷園株式の取引については、売り際を誤ると多大な損害を被ることは容易に予測できたものというべきである。

ましてや、原告には、専門的に株取引を研究するスタッフが周囲にいたのであるから、彼らの意見を斟酌して永谷園株式の買い付けの是非を判断する機会が与えられていたことに鑑みると、原告の永谷園株式買付け及びその売却については被告らの不当勧誘による責任を上回る過失があるものというべきであり、その生じた損害に対する責任としては、以上を総合して被告を三、原告を七の割合と解するのが相当である。

四争点4(本件オプションの手仕舞い義務違反に基づく不法行為の成否)について

原告は、平成二年一〇月二日に本件オプションの処分を被告甲野に要請したものと主張し、これに沿うかのような証拠(〈書証番号略〉、証人谷村勲)もないではないが、仮に右証拠を措信するとしても、平成二年一〇月二日の時点においては、処分の可否を問う原告に対し、被告甲野において、本社の意向を確認したい旨を述べたという事情が認められるに過ぎず、右をもって確定的な処分要請があったものと見ることはできない。

他に、同月二日の時点において、原告から被告甲野に対し確定的な処分要請が出されていたものと認めるに足りる証拠はなく、原告の主張は採用できない。

五結論

永谷園株式で原告が被った損害額については、当事者間に争いがなく三五〇四万円と確定しており、被告らの負担すべき割合も前記三で判断したとおりであるから被告らは原告に対しその三割である金一〇五一万二〇〇〇円を賠償すべきである。

よって、原告の請求は金一〇五一万二〇〇〇円及びこれに対する不法行為の日の後である平成三年一月一一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官澤田三知夫 裁判官村田鋭治 裁判官早田尚貴)

別紙(一) 買付明細表〈省略〉

(二) 処分明細表〈省略〉

(三) 仮想処分明細表〈省略〉

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